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最高裁判所第二小法廷 昭和31年(あ)2893号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人橋本清一郎の上告趣旨第一点について。

所論は憲法三一条違反をいうがその実質は単なる法令違反の主張に過ぎない。

なお、被告人は偽造に係る増資新株式申込証拠金領収書を入手し、その偽造であることを知悉しながらこれを担保として行使しようと企て、昭和二五年七月これを借入金の担保に利用したことは第一審判決の確定するところであって右所為に対し原審が刑法一六三条の適用を維持したことは所論のとおりである。思うに刑法に所謂有価証券とは証券に表示されている権利の行使又は移転に通常その証券の占有を必要とするものを指称するのであるが、刑法が文書偽造罪の外特に有価証券偽造の罪を設けた所以のものは、本来有価証券はその効用において一般私文書よりも高度の信用性を担保する必要あるがためであって、すなわち偽造の有価証券に関し第三者の誤信による不測の損害を防止することを目的とするものに外ならない。従ってその証券上の権利も証券の記載内容からは必ずしも明瞭とは謂い難い場合でも取引上の慣習と相まって、その権利が証券に表彰されているものと同様に取引の客体とされているものは刑法上の有価証券と解するを相当とする。

しかして昭和二六年の改正商法施行当時までは、証券取引界において、増資新株式申込証拠金領収書に白紙委任状を添付して、売買、担保等の目的に利用されていたことは明らかであり、該領収書はその内容と叙上の取引慣行に照らし、株券類似の証券的作用を営むものであるから刑法上はこれを有価証券と解するを相当とする。従って行使の目的でこれを偽造した者は刑法一六二条の有価証券偽造罪に該当し、その情を知ってこれを行使した者は同法一六三条の偽造有価証券行使罪の適用を受くべきものであって、本件において偽造の証拠金領収書を行使した被告人の所為に対し同法一六三条を適用処断した原判決は正当である。所論は理由がない。

同第二点は事実誤認、単なる法令違反の主張を出でず刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

また記録を調べても本件につき同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

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